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2008-06-26 00:18
離婚の家系についてのコメントがありましたね。結婚がうまくいって本当に自分は幸せだと思い始めたそのタイミングごとに自分にアプローチしてくる男性が現れ、結婚が破綻し始める。等々・・・・。本人にとって納得いかない離婚がいくらでもあります。
何でこのタイミングにそうゆう人が現れるの?いつも同じことが事が起きるの?我々の現場では良く聞く話です。こうゆう方の星には最初から先祖とのつながりに特徴的なものが現れています。 お経の話に書きましたが、一時的にとても栄えた家系の方が多いのです。身分制度が固定していた時代は、家の名前だけで地位が保証され生活も守られてきましたが、現代では彼らを支えていた制度が崩壊しナマの家系の姿が露呈しているのです。 そうゆう家でよく起こる事ですが、男は女をつくり、正妻を泣かし、妻はその女を憎み、亭主を憎み、許さない。一生怨念と男性不信の塊です。女は妻に負い目を持ち、自分さえいなければ・・・。をやり男だけしか頼る人がいなくなり、実家にも帰れない。天涯孤独になってしまう。孤独です。男だけが生きる糧になってしまう。男に執着し、自分の出自や、運命に対する怨みの中で死んでいくことになります。男も結局、跡取りに恵まれず、家を傾かしたり、潰したりして孤独の中で死ぬことになります。いくら財産があってもです。もし、この文章を読み心のどこかにうずくものを感じる方は、同じストーリーの中にいた可能性があります。 こうゆう家系の特徴が、長男が家を継げない。生まれてくる女性が、嫁にいけない、嫁に行っても生き別れ、死に別れで戻ってくる。そうゆう傾向があります。人の念は残るのです。迷信ではなく、実際にいくらでも証拠があるのです。ただ本人達は、そうゆう知識もないし、神仏や運勢に対する畏れがないものだから、当たり前のこととしてそれを受け入れる。変える事が出来るのにです。 ただ、先祖の念をお経で供養することにより起きる現象の確立を半分近くまで落とすことはできるのですが残りの業はご自身で積んできたものなのです。怨むこと、謂れのない誤解、自分を否定し続けること、相手にに執着すること、女の身体に執着すること、悲しみのドツボから逃げ出せない人、寂しくて寂しくて、甘い言葉につられてしまい、ぼろきれのように扱われてしまう人。利用され捨てられる。先ほどのたった3人のストーリーなのに、ほとんどの生き方の基盤が入ってしまう。 どうすればいいのか?ヒントは元のストーリーに戻ることです。男は妻を大事にすること。家族に対し責任を持つこと。女性は楽なことばかり考えないこと、寂しくても他人の世話になるような生き方を決してしないこと、自立することです。あらゆる人は平等です。叩かれれば痛いし、寂しければ泣きます。だからこそ、生きようと決心し、生きる努力を続ければ、惨めな人生は回避できるものなのです。努力に耐えられる人は、幸せの扉が必ず開きます。結局、悪いことはするな、良いことをするのだと言う先賢の言葉に運を創造する極意が語られているのですが、この言葉は3000年前からある有名な言葉なのですが、なかなか気づいてもらえない。残念なことです。 |
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2008-06-20 11:41
復縁を望んでいる方の相談が、最近多いので、いくつかポイントだけを述べます。
1、冷静になる時間を持ち、なぜ、そのかたと別れることになったのかを考えること。本人が熱くなっているうちは、自分が見えません。ワガママ勝手を相手にやって愛想をつかされたのに気づかない人もいます。事情を知っている友達に、客観的に見てもらうことも大事なことです。お互いの運勢鑑定や相性をみてもらうのも一つの方法です。 2、1をクリアーにして客観的に自分を見ることができるようになったらの話です。 ただの、知り合いとして、相手の方に連絡を取る。但し、昔の思い出や、相手の過去については決して触れない。泣いたりすることはウザさを倍増させます。もう最初から警戒されていることを認識してください。しゃべり方も、相手と付き合っていた頃とは違うしゃべりかたを心がけることです。つまり、過去の自分とは違うし、別れる原因になった要因は自分にはない。相手にとって安全な人間なんだと相手が認識すれば、普通の状態に戻れます。そこまでくれば、あとは時間をかけて関係を密にしていけば好いだけなのですが、相手の過去に触れないこと、自分の感情をコントロールすることが難しい。感極まって、急に泣き出してみたり、あの時も・・・だったじゃない。が、表情にでて、相手を怒らせ、元の木阿弥になる。このことだけは、決してしない覚悟が必要です。過去を蒸し返したら、過去と同じことが起きます。 シッカリ自分を知り相手を知ることが、何事でも肝になることです。 ただ、一度破れた愛を繕うことは、新しい愛を育てるよりも困難と覚悟がともなうことは必然です。 |
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2008-06-15 12:31
嫌な事件が続いています。
子供に対する過剰な期待が子供にとっては「親にいじめられた」感として心に刻み付けられます。そんな子が、強運期に入ると仕返しをし始めます。直接親に当たる場合もあれば、まったく関係ない人を巻き込み、結果的に親にとって最悪の仕返しすることがあるのです。子供には先ず、常識を持たせ、親として、人の愛情を与え、人を愛する方法を教えることです。自分勝手な生き方、愛し方ではなく、相手からも認めてもらえる生き方に善導することが親の務めです。モンスターペアレンツなどと言う身勝手な権利だけを振り回す大人に成るのではなく、親として、人としての常識をもった大人になること。我々一人一人から、社会生活の安全は始まります。 人には持って生まれた器があります。部屋の水槽で生きることが最高のパフォーマンスを発揮できる魚が大海では海の広さに怯える小さな魚になってしまう。それが事実なのです。期待された方は、期待に応えられない自分に絶望し、しなくてもよかったはずの挫折をする。学歴は入社の時と、学閥のあるサラリーマンの世界にだけ通じるもので、30代になれば、本人の器だけが勝負になります。子供に夢を見ることは希望に繋がります。しかし、子供の将来を考えるのならば、子供の器を知り、彼らが最も生きやすい環境で、彼らに合った生き方ができるように導くこと。そのために親が曇りの無い目を持つことが必要です。このことは、そのまま恋愛にも、就職にも言えることです。考えてみて下さい。 |
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2008-06-13 16:10
家の宗旨が臨済宗で自我ゲをあげることが気になっているという方から質問がありましたのでお答えします。
参考までに。 法華経については、先に書いたように、宗教団体や、家の宗旨とは別のものです。同志が集まれば、自分達の主義主張をする為に、他と摩擦がおきます。当時(鎌倉時代)の日本国をを救う為には、これしかないと主張して、それを激しくやったのが日蓮さんです。元々は比叡山で学んでいた人ですが、比叡山はご存知だと思いますが、正式には、天台法華宗と言い、法華経を拠り所とする宗教団体です。臨済宗の開祖の栄西もこの比叡山で天台法華思想を学び「摩訶止観」という天台宗に伝わる禅を極め当時の天台宗の疲弊を復興する為に南宋に留学し当時中国で盛んであった臨在禅を日本に輸入し日本臨済宗を開きました。それゆえ彼は自我ゲを必死で唱えた一人です。根は法華の行者であり菩薩の道を歩まれたかたです。 法華経には、仏は歴史上の釈尊が亡くなられてからも、常に一人一人の心の中で、慈悲の心として、生き続け、苦しみからの救いを求めるものの前には必ず救いの手を差し伸べられる。そして、悟りを求めるものは、己の慈悲の心を成長させ、生きとし生けるものの苦しみを抜くという実践をすることにより、自分自身も仏になれるという、永遠の仏の命の循環が説かれているのです。それを実践する人を菩薩といいます。この自我ゲはまさにこのことが書かれた法華経のエッセンスのゲ文です。そしてこの経には、このお経が成立して依頼の、数え切れない人々や、人々の救済に一生を費やした人の、仏に対する信頼、信仰が声にならない形で封印されているのです。こちらが真心を込め真摯に救いを求めれば必ず応えてくれるものです。そうゆうお経です。念を残して亡くなった方たちにとっての救いの法になっています。 なぜ人の心の中には仏が住んでいるはずなのに、こんな悲しい事件が繰り返し起きるのか? それは、心の底にある慈悲の心(仏心)が曇っているからです。業という重石が乗っかってしまいがんじがらみに囲われ、その上、よりその心を閉じ込めるような、重いネバネバした泥をかぶせている。煩悩と呼ばれるものですね。他人の痛みを知ろうとするよりも、自分だけの苦しみ、怒り、欲望がかなえられない不満により、それに執着し、がんじがらめになってしまっている。非常識を個性とした教育にしても、欲望を助長し金儲けの道具にしたマスコミにしても、物事を利害関係と損得勘定で割り切るような世界にしてしまったのは、我々の親達とそれに乗った個々の責任です。結局、悲劇と言う形で、その一部を露骨に見せ付けられている。「経済」だけを中心に据えて成長してきた悲劇です。世界中で起こっていることです。 「一隅を照らす」と最澄さんはおっしゃられました。、日々の生活の中で、身近な人のために何ができるのかを問い続け、実践することがこの言葉の意味だと思います。曇っている仏の心を磨くのも人生では大切なことだと思います。今日、この一瞬の出会いを大切にし、もし身近に人や生き物がいるのなら、優しい言葉をかけてください、言葉をかけるのがチョットニガテなら優しい心でその人を見つめてください。あなたの目はその瞬間観音さんの慈眼になっています。 |
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2008-06-04 16:04
今から2500年位前に生きた人の言葉が残っています。
「歓喜」と言う題の仏典です。悪魔相応の中に収められたもの です 悪魔が問うた 「子あるものは子によりて喜び、牛飼うものは牛によりて喜ぶ 人の喜びはその依るところによる 依るところなきものは よろこぶこと なからん」 世尊は仰せられた 「子あるものは子によりてかなしみ 牛飼うものは牛によりて 悲しむ。人の悲しみはその依るところによる 依るところなき 者は悲しむことなからん」 南伝相応部経典 増谷文雄訳 「子」「牛」を「恋愛」「お金」「家族」に変えればあらゆることに対応する。どうだろうか。 喪失することの苦しさは、その愛の深さに応じる。 いろいろなものを失くした時、いつも思い起こすことにしてい る言葉です。 「今の自分からこの失くしたものを引くと何が残るだろうか?」 10代の頃失恋して、初めてこの問いをした時、自分には何も 残らなかった。彼女との時間が世界そのもので、すべてだった からでしょうか。自分のちっぽけさに気づいたのもこのときで した。恋愛を生きがいにすれば恋愛で慟哭が生じ、不安が生じ 心が壊れる。野に咲く花が一輪しか見えないのは、その人の業 です。前を向き生きることを求めれば、おのずと他の花々が見 えてきます。少し時間がかかりますが、立ち直ることはできる ものです。 |
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2008-06-03 01:12
こうゆう仕事をしていると時々面白い現象に出会います
つい先日のことですが、急に私の足首が痛みと共に引きつり始め、おかしいなと思い、色々と治療しているうちに、足の痛みは治ったのですが今度は急に内の奥さんの頭が痛み出し、救急車を呼びかけました。呼びかけたというのは、「何所が痛い?」と私が問いかけた所、「左の頭にクギを刺されたみたいだ。頭が割れそうに痛い・・・・・。」との返事に思い当ることがあったからです。 5分ほどお経をあげると痛みは去り落ち着きました。 不倫をされた女性の生霊でした。何日か前にその相談を受けていたのです。転写と言う現象をご存知でしょうか。その人のエネルギーが真剣にその人に向き合った相手にそのまま移る現象を言います。 今までにも何度か似たような現象があったのですが、今回ほどひどいものではありませんでした。ご主人に対する執着が男の(私の)足に絶対離さないと力の限りすがりつき、寝取った女には呪い殺してやると藁人形の頭を5寸クギで打ち付ける丑の剋参りのような怨念を叩きつける。凄まじい力です。幸い私どもにそれほどの因縁が無かったのですぐに収まりましたが、当事者は大変だと思います。 世の男性に申し上げます。遊びは遊びですが、人の心を弄ぶようなことをすると貴方だけでなく、あなたの家族も、大事にしている人も全てを苛めます。そして家系の因縁として、子孫に受け継がれます。本当に怖いことなのですよ。家を継ぐものがいなくなった家系、代々長男が家を継げない家系等々実際に腐るほどある話です。 女性に申し上げます。人を呪わば穴二つです。男性と同じ現象が現れ、その上、男運が悪いかたが家系に集まります(生まれます。) 六条御息所を忘れてはいけません。出雲伝説しかり、源氏物語しかり過去よりの警告です。執着を捨ててこそ、次の行き方が見えてくるものです。裏切られプライドをずたずたにされたとしても、地獄の道ずれにする価値さえない男です。手放してください。他に大事なものがあるはずです。それゆえ、どんな状況でも女性は手に仕事をつけ自立するべきなのです。恋愛もまた自立していない女性には半分の吉神しかつきません。良く良く考えていただきたいことです。 |
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2008-05-27 14:37
恋愛の極意をご存知でしょうか?
それは、「相手にとって必要な人」になることです。単純です。これは社会生活にも共通する大事なことです。けれども、解っていても、なかなかできない。皮肉なことですが、人は関係が親密になると、自分にブレーキが利かなくなるものです。相手に遠慮がなくなってくる。ワガママを聞いてくれることが、愛だと曲解してしまっている人もいる。必ず壊れる恋愛です。 だからこそ、初心を忘れないことが長く幸せを維持するための最良の方法になります。 |
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2008-05-20 11:36
いろいろな話を聞いていると、自分が好きでないと言う人が多いですね。どうして?と聞くと「理由は別に無いけれど子供の頃から自分が嫌いだった。」と言います。そうゆう方の星を見ているとほとんどが子供時代、生まれてから成人にいたるまでの間が、凶の星回りの人です。家庭環境が劣悪の場合や親は一生懸命子供を可愛がったのだけれど、自分はこの家の子供ではないと言う孤独感、孤立感、居場所のない焦燥感に苛まれ、自分が誰からも求められていない、生きる価値の無い人間じゃないかと、この頃から、おぼろげに感じ始めています。そして、ここから人生がスタートしています。
この孤独感が友達との出会いで多くは解消していくのですが、解消されない方もいます。 特に、女性の場合は恋愛で、これが出てしまうと、いつまでたっても、どうにもならない。自分を好きになれない人が人を好きになるときは、大抵自分にないものを補う為です。自分の理想を相手にかぶせ、現実に差異が生まれた時に、慌てることをする。こんなはずではなかった!を言うのです。つまり相手を好きだと言うより、自分を好きになるために相手を求めていたと言うことなのです。ありのままの相手を好きになったわけではない。 持って生まれたものと、これから生きる自分の人生を、味噌クソ一緒にしてしまう。過去の感情に振り回され、今、目の前にある人生に過去の記憶のフィルターをかけてしまう。気をつけないといけませんね。過去は過去、今は今です。努力してでも区別して下さい。 一度自分の、いままでの人生を整理し、生きる目標を見定め、一歩を踏み出すことが、あらゆる苦しみから解放される為の最善の手段です。そして、これをする為には先ず、自分を好きになること、自分の人生を捨てないこと。自分の人生を大事にする気持ちがあって始めて、できることなのです。人は、自分が嫌いなうちは明るい未来を得ることを自分には許さない。だからこそ自分を大切にして下さい。 |
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2008-05-14 14:44
お経の話を読まれて、いくつか質問をいただきましたのでお答えいたします。
1 回向について。これは、お経をあげた善行を、亡くなられた方たちに差し上げると言う意味です。特別なご縁のある方がいるのならば、その方を意識すれば届きます。 2 自宅に仏壇があるのならば、その前であげてください。先ずそこからです。今いる場所、所属している家系の一員としての責任を果たすことが大事です。このことに生理的な拒否感がある場合、家庭が荒れていることが多いのも事実です。その上で、ご実家や亡くなった友人に気になる方がいるのならば、ご自分が一番落ち着ける場所でお経をあげてください。何よりも真心が大事です。 3 順縁、逆縁については、簡単に言うと順縁は家の徳のことを言い、人から感謝され、プラスのエネルギーによるご縁や守りのことを言います。逆縁とは、まさに逆の現象をいいます。肉親関係に、これが出ている場合がとても多いですね。人に怨まれたり、憎まれたりしたことが代を経てその家に出ます。因果の法則は絶対なものです。 そうゆう家系に生まれてしまったら、どうすればいいのか?当然の疑問です。その答えは、 「人に感謝されるような善行を積み、人を傷つけるような悪行を積まないことです。」 「自分の利益や、欲を遂げる為にめちゃくちゃをやっても、なんともない人が沢山いる。」というかも知れません。でも、時間が過ぎれば、必ずその報いを本人と本人の家が受けるものなのです。 そのくらい人の恨みは根が深く、恐ろしいものなのです。そして怨んだ方も、同じ穴に落ちてしまう。 マイナスの思いを手放すことの重要性がここにあります。これは、個人も国家もまったく同じであり、歴史として過去が我々の記憶にあるゆえに現実は計り知れないくらいリアルです。 |
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2008-04-29 22:04
「運命の人」を誤解している人が多いですね。
本人が異性で苦労をしなければならない運をお持ちの方の、最もご縁ができやすい異性は苦しみを与えてくれる人です。自分の持っている運に引き寄せられてご縁はでき、とても「気になる人」にうつります。だからこそ相手を確りと見極めなければ酷い目に合いやすい。「考えるのがめんどくさい」では流れるまま流れます。水は下流にしか流れません。人も同じです。最初のレベルにはほとんど戻れない。悪くなるいっぽうです。 逃げずに、何があっても自分が人生を共に生きようと覚悟した人こそが運命の人です。運命の人とはイコールご自身の覚悟だと言うことを悟ってください。「運命の人」などという言葉には、ゆめゆめ注意が必要です。もし自分がそうゆう事を言っていたとしたら、自分の覚悟を、もう一度考える必要があります。 「シンクロニシティー」と言う言葉をご存知でしょうか?運はシンクロするものなのです。気になる人と偶然に街角で会ったり、喧嘩して気にしていた人と同じ電車に乗り合わせたり、何度となく会うはずのないところで会ったりするのです。同じ電波を出し合っているものが共鳴するのとまったく同じことで、自分が何を呼び込んでいるかを知らず、これを恋愛に結び付けることはナンセンスなことです。 自分が決めた人こそが運命の人です。そんな人に出会えるように、自分を磨いてください。相手次第の恋愛は、自分自信の責任放棄です。男も女も他人と人生を共にするのには、なにが起きても逃げないと言う覚悟が必要です。(家庭内暴力は全く別の話になります。できるだけ速やかに逃げてください。) |
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