悪夢について
2008-01-12 01:55
幽霊の姿を見たり枯れおばな。と言う川柳がある。

これは、人の恐怖心がどこに根ざしているかを言い当てたものです。
つまり、相手が何者であり、何を求めているかが判れば、恐怖心だけに支配されなくなると言
うことですよね。少し余裕が出来る。怖いのは変わらないのだが、対処のしようができて来る
支配されている間は、誰かの助けが無いと、身動きすら出来ないけれど、この少しの余裕が
相手が何を求め何に怒り、どうしてそうなってしまったのか冷静に物事を見つめるキッカケを
作ります。生きている人間も、霊になった人間も同じなんですよ。過去の思いの中だけに生きているのが霊であり、生霊よりも、はるかに御しやすい。霊が求めているものを、与えてあげれば好いからです。生身の人間はそうはいかないですもんね。

彼らの求めているものは、根本的には、成仏をすることです。自分の念と言うか執着と言うか
重くて、行くべき所にいけない。その場から動けないと言うのが本当の所です。本当は、お経
を体得したお坊様に引導を渡してもらうのが一番なのですが寡聞にして、そういうかたとは出
会わない。その上何十万というご供養金だけが消えていく。霊作用で苦しむ人が多いのも理
由の無いことではないんですよ。ちゃんとしたお坊様に出会える方は幸運です。


霊感が強いひとは、霊の想念をビジュアル化することができます。見えるという現象がおきま
す。私には見えませんが、事実、見える人と何人も会っています。だから普通ではないが異
常という訳ではないので、安心してください。見えてパニックになることが問題なのです。
もし、見えてしまったら、怖がる前に、彼らも元は同じ人間であり、怒りや執念で彼らもまたパ
ニックを起こしそのままフリーズしてしまい、怒りや執着や痛みに我を忘れ、輪廻の輪にさえ
入ることが出来ない、哀れな存在だと思って欲しい。そんな霊たちと合わないことに越したことはないが、合ってしまったらあわてる必要はない。静かに霊には対処して下さい。パニックを起こさないこと、落ち着くことです。恐れる必要はない。人は全て霊であり、それ以上でも、それ以下でも無い。我々から見れば肉体があるか、無いかの違いだけです。怖がる必要は無いのですよ。



蛇足ですが、生きとし生きるもの全てに霊魂があることを再認識する時期がきているように私
には思われます。ご存知だと思いますが、日本では農業でも狩猟でも、命を贖ったものに対して必ず感謝や供養を行う伝統があります。山の民にしても海の民にしても必ず行ってきました。そのくらい生きとし生きる物の霊魂に対して、純粋に我々の先祖は向き合ってきました。あらゆる生き物の命を尊敬することこそが自分の命をまっとうすることであり、人と共に生きることであり、この星に生まれた人間全てが負う課題なんでしょうね。

日常生活でも皆が意識してこのことを実践すれば、もう少し苦しみは軽くなるんだけどなー。やるほうも、やられるほうも痛い思いをするまでは、なかなか気づかないんですよねー。
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